契約書・訴訟実務における当事者表記の完全ガイド

契約書・訴訟実務における当事者表記の完全ガイド 契約書・訴訟実務における当事者表記の完全ガイド
最終更新日:2026年02月27日

はじめに

契約書のドラフト作成や訴訟記録の整理を行う際、当事者が2名だけの単純な案件ばかりではなく、複数の関係者が絡む複雑な事案に頭を悩ませることはないでしょうか。
特に、三者間契約や倒産手続、民事執行といった専門的な局面では、「甲・乙」以外の表記や、手続段階に応じた厳密な呼称の使い分けが求められ、一瞬の迷いが業務効率を低下させる原因となりがちです。
しかし、体系的に整理された用語の定義を再確認し、場面ごとの適切な呼び名をマスターすることで、書面の正確性は格段に高まり、読み手にとっても誤解のないドキュメントを作成することが可能になります。

本コラムでは、契約および法的手続における立場・当事者まわりの専門用語について解説します。

1. 十干(じっかん)による順序と表記

契約書実務において最も馴染み深いのが「甲」「乙」ですが、当事者が増えた場合には「丙」「丁」と続きます。
これらは「十干」と呼ばれ、本来は10番目まで順序が存在します。
実務上、どこまで使用されるか、そしてなぜ後半は使用されないのかという理由を含めて整理します。
順序 表記 読み 実務上の留意点と使用されない理由
1 こう 契約の主導者、発注者、権利者(債権者)など
2 おつ 受注者、義務者(債務者)、相手方など
3 へい 三者間契約(債権譲渡、保証契約等)の第三当事者
4 てい 四者間契約。不動産開発や事業譲渡などで登場します。
5 ここから先は可読性が低下するため、使用は避ける傾向にあります。
6 一般的な契約書で見かけることは極めて稀。「自己(じこ)」等の熟語と混同する恐れがあるため敬遠されます。
7 こう 1番目の「甲(こう)」と読みが完全に同じであり、読み合わせや口頭説明の際に致命的な混乱を招くため実務上は使用しません
8 しん ここまで多当事者になる場合、十干による抽象的な表記は契約関係の全体像把握を困難にする(可読性の欠如)ため敬遠されます。また文字自体が「幸」や数字と紛らわしい場合があります。
9 じん 一般的な認知度が低く、読み手にとって負担となるため敬遠されます。この段階では「A社」「B社」等の略称や役割名定義を使用するのが合理的です。
10 一般的な認知度が低く、読み手にとって負担となるため敬遠されます。複雑なスキームにおいて、あえて馴染みの薄い難読文字を使用するメリットが皆無であるため実務では用いられません。
実務上のポイントとして、当事者が「戊(5番目)」を超えるような複雑な契約スキームの場合、十干を使用し続けることはリスク管理上好ましくありません。
誰が誰であるか直感的に判別できなくなり、誤記や誤解の原因となります。
そのような場合は「A社」「B社」といった社名略称や、後述する「役割名称」への切り替えが強く推奨されます。

2. 法的手続・争訟における厳密な当事者呼称

裁判所へ提出する書面では、手続の種類や審級によって当事者の呼び名が厳格に定義されています。事務職員が最も注意を払うべき領域です。
手続の種類 申立側
(アクションを起こす側)
相手方 備考
通常訴訟
(第一審)
原告
(げんこく)
被告
(ひこく)
最も基本的な呼称。
控訴審
(第二審)
控訴人
(こうそにん)
被控訴人
(ひこうそにん)
原審での地位(原告・被告)を併記することが多い。
上告審
(第三審)
上告人
(じょうこくにん)
被上告人
(ひじょうこくにん)
上告受理申立の場合は「申立人」「相手方」となります。
民事調停・
家事審判
申立人
(もうしたてにん)
相手方
(あいてがた)
非公開の手続や争訟性の低い手続で用いられます。
人事訴訟
(離婚等)
原告
(げんこく)
被告
(ひこく)
家事事件でも訴訟手続に移行すれば原告・被告となります。
民事執行
(差押等)
債権者
(さいけんしゃ)
債務者
(さいむしゃ)
判決等で権利が確定した後の手続で用いられます。
破産手続 破産者
(はさんしゃ)
破産管財人
(はさんかんざいにん)
申立人は「債務者(自己破産の場合)」や「債権者」となります。
民事再生 再生債務者
(さいせいさいむしゃ)
再生債権者
(さいせいさいけんしゃ)
会社更生法では「更生会社」「更生管財人」等が用いられます。
特に注意が必要なのは、民事執行手続における「第三債務者(だいさんさいむしゃ)」です。
これは、債務者が有する債権の相手方(例:債務者が勤務する会社、預金がある銀行)を指します。
単なる「第三者」とは法的意味が異なるため、正確な記述が求められます。

3. 契約類型別に見る実体法上の役割名称

法情報の可視化・分かりやすさの観点から、近年の契約書では「甲・乙」ではなく、具体的な役割名で定義するケースが増えています。
これにより、契約の構造が一目で理解できるようになります。
契約類型 一方の当事者 他方の当事者 第三者・その他
売買契約 売主
(うりぬし)
買主
(かいぬし)
-
賃貸借契約 賃貸人
(ちんたいにん)
賃借人
(ちんしゃくにん)
連帯保証人
(れんたいほしょうにん)
消費貸借
(金銭借入)
貸主
(かしぬし)
借主
(かりぬし)
-
業務委託
(請負・委任)
委託者
(いたくしゃ)
受託者
(じゅたくしゃ)
-
信託契約 委託者
(いたくしゃ)
受託者
(じゅたくしゃ)
受益者
(じゅえきしゃ)
債権譲渡契約 譲渡人
(じょうとにん)
譲受人
(ゆずりうけにん)
債務者
(さいむしゃ)
寄託契約
(倉庫等)
寄託者
(きたくしゃ)
受寄者
(じゅきしゃ)
-
「委託者」と「受託者」は、業務委託契約と信託契約の両方で登場しますが、その法的権限と責任の範囲は大きく異なります。文脈に応じた内容の確認が不可欠です。

4. 第三者・関係人を指す特殊な用語

当事者そのものではないものの、法律関係に深く関与する立場の呼称も重要です。

・訴訟補助参加人(そしょうほじょさんかにん)

訴訟の結果について利害関係を持つ第三者が、原告または被告の一方を補助するために訴訟に参加する場合の呼称です。参加される側を「被参加人(ひさんかにん)」と呼びます。

・訴訟代理人(そしょうだいりにん)

弁護士のことです。本人の代わりに訴訟行為を行う権限を持ちます。対して、本人の代わりに意思表示を行うが、弁護士資格を持たない(親権者や成年後見人など)場合は「法定代理人(ほうていだいりにん)」と呼ばれます。

・善意の第三者(ぜんいのだいさんしゃ)

法律用語としての「善意」は「ある事実を知らないこと」を指します。
対義語は「悪意(ある事実を知っていること)」です。契約の無効や取り消しが主張される場面で、事情を知らずに取引に入った第三者を保護する文脈で使用されます。

まとめ

法律文書における当事者の表記は、単なるラベルではなく、その者がどのような法的権利を有し、どのような義務を負うかを規定する土台となります。
十干の順序を正しく把握することは基礎として重要ですが、「庚」が「甲」と同音であるために避けられる点や、後半の「辛・壬・癸」が可読性の観点から実務に適さない理由を理解しておくことは、より洗練された契約書作成に役立ちます。
複雑な案件に直面した際は、一度立ち止まって当事者関係図を整理し、役割名称や社名略称への変更を検討するなど、読み手に配慮した表記を選択することが、ミスのないプロフェッショナルな業務遂行につながります。

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